聴いて・わかる。日本の歴史~院政と武士の時代
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聴いて・わかる。日本の歴史~院政と武士の時代

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白河上皇による院政のはじまりから、保元の乱・平治の乱・平家一門の繁栄・源平の合戦(治承・寿永の内乱)を経て、源頼朝が鎌倉に武士の政権を開くまで。 社会が根底からくつがえった大変革の時代にあって、それまで権力を握っていた貴族にかわって、武士が、いかに力をのばしていったのか?一話10分程度全30話に区切って、簡潔にわかりやすく語った解説音声CD-ROMです。 応徳3年(1086年)白河上皇は、退位した上皇が天皇にかわって政治を行う【院政】を開始します。以後、白河上皇は堀河・鳥羽・崇徳三代40年以上にわたって【治天の君】天皇家の家長として君臨しました。 そびえ立つ法勝寺九重の塔。荘厳な熊野参詣の行列、そして上皇親衛隊としての北面の武士は、白河上皇の圧倒的な権力をわかりやすく示すものでした。 つづく鳥羽上皇の時代には、父鳥羽上皇と息子崇徳上皇の確執が続き、保元元年(1156年)鳥羽上皇が崩御すると、かねてから対立していた崇徳上皇と、弟後白河天皇の対立が激化。これに摂関家の内部対立がからみ、源平両方の武士たちをまきこんで、保元の乱が勃発します。 続く平治の乱では源氏の棟梁義朝は殺害され源氏は没落。一方平清盛は戦後、功績により昇進をかさね、ついに太政大臣に至り、平家一門の全盛期につながっていきます。 「この一門ならずは人非人なるべし(平家にあらずは人にあらず)」とまで歌われた平家一門の繁栄の中、ついに平清盛はわが娘徳子を時の高倉天皇に嫁がせ、徳子と高倉天皇との間に生まれた言仁親王、後の安徳天皇が皇太子に立つにおよび、平家の権力は盤石なものとなりますが、 やがて蜂起した後白河法皇第三皇子・以仁王によって打倒平家の檄文が全国の源氏に届けられます。 以後、源平の合戦、奥州合戦、源頼朝による鎌倉幕府創設まで時代順に、一回10分程度の読み切り形式で、わかりやすく語っていきます。 通して聴けば、白河上皇による院政のはじまりから、平家一門の繁栄・源平の合戦(治承・寿永の合戦)を経て、源頼朝が鎌倉に武士の政権を開くまで。社会が根底からくつがえった大変革の時代にあって、それまで権力を握っていた貴族にかわって、武士が、いかに力をのばしていったのかが、楽しみながら学べるようになっています。 カタログ番号: HIS03

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